「食べものからの平和」卒業生の食卓から ③

土からの癒し

皆さんは、難民になるというのがどういうことか、考えたことがあるだろうか?

驚いたことに、それは退屈でしかないのだそうだ。私は、アジア学院のスリランカの卒業生たちからこのことを教わった。彼らは内戦中に家を追われ、しばらくの間難民キャンプで暮らしていた。
朝食時、彼らは食べものを求めて列に並んだ。夕飯時にも列に並んだ。あとはただ座っていた。仕事もない。テレビもラジオもない。何もない。本当に何もすることがなかったのだ。そんな日々が延々と続いた。

もちろん、最初からそうだったわけではない。最初は生命の危機にさらされる中、恐怖とパニックに襲われ、わずかなものを手にして逃げるしかなかった。2004年のコンゴ民主共和国の卒業生ジーン・ピエールは、突然、反政府勢力が自分の村に侵入し、銃やナイフで人々を殺しはじめたと語った。彼と彼の家族は、森の中へ全力疾走した。

数時間後、事態が静まったので、彼らは村に戻った。村は荒らされ、多くの人が殺されていた。遺体の中に、赤ん坊を背負った女性がいた。彼女はすでに亡くなっていたが、赤ん坊は生きていたので、彼はその赤ん坊を抱き上げた。
そして、家族や近所の人たちと一緒に東に向かって歩き始めた。翌朝、彼らはウガンダとの国境に到着した。

幸い、彼らは赤十字に出迎えられ、キャングワリ難民居住区に移動し、そこで治療を受け、非常食と物資を支給された。そして、あの待つ時間がやってきた。スリランカの卒業生たちが言ったように、ただ座っているしかなかった。そして、体はじっとしていても、気持ちは高ぶり、今しがた起こったことの恐怖が押し寄せてくる。
他の友人や家族はどこに行ったのか?自分の村はどうなったのか?自分の家は?自分はいつまでここにいるのだろう?これからどうすれば良いのだろうか?
心配と不安が彼らを蝕み、生気を奪っていく。彼らは無力で、周囲のなすがままにされているように感じる。

だから、キジト神父は人々に鍬と種を与える。キャングワリは、あなたが想像するような、何千人もの人々がテントで暮らす難民キャンプではない。広大な面積を持つ居住区である。人々は簡素な家に住み、農地を提供されている。現在、コンゴ民主共和国と南スーダンからの難民を中心に13万人以上が暮らしている。何年もそこに住んでいる人もいるし、目にする子どもたちの多くはそこで生まれた。

キジト神父はカトリックの司祭であり、2000年のアジア学院の卒業生だ。彼は難民のために何かしたいと考え、入植地のすぐ外、多くの人道支援機関が活動する地域で、聖パトリック総合開発センター(SPACID)という組織を立ち上げた。キジト神父が難民に種と鍬を与えるとき、それは農作業以上の意味を持つ。それは癒しの出発点なのだ。鍬を手にし、土を掘り起こす。こうした慣れ親しんだ身体の動作によって、徐々に心がおだやかになっていく。土を耕すことで、近い将来に食物が手に入るという保証が、難民たちに自らの手で運命を切り開いているのだというささやかな気持ちを芽生えさせ、希望と心の平安を与えるのだ。

2023年にアジア学院に来たリチャードもSPACIDで働いており、農場の管理をする傍ら、難民たちの研修や支援を行っている。
近年、彼は教会の青年チームと共に、アメリカミズアブを育てるプロジェクトを行っている。わざわざアブを育てるというのは奇妙に聞こえるかもしれないが、この幼虫は魚や豚、家禽類のえさになる。難民たちにとっては大助かりなのだ。

家禽類といえば、SPACIDの大規模な家禽飼育場についてもお話ししたい。ここでは、地鶏、アヒル、ホロホロ鳥、ガチョウ、七面鳥など、さまざまな種類の鳥を飼育している。
キジト神父は来たばかりの難民たちを連れてきて、この飼育場を見せるのが好きだ。鳥たちはみんな種類が違うけれど、共に平和に暮らすだけでなく、お互いの卵も温め合っていることを教え、「あなたたちも異なる国や民族、言語や習慣を持っている。だけど、私たちもこの鳥たちから教わって、互いに助け合わないといけない。共に働き、互いを思いやることで、私たちは豊かに生きていくことができるのだ。」と話す。そして彼は、アジア学院のモットーである「共に生きるために」が書かれた入口の扉を指差すのだった。

ジーン・ピエールが助けた赤ん坊はどうなったのか。
彼女は約1ヵ月後に父親と再会し、「神と共に」を意味するウウィマナと名付けられた。


文・スティーブン・カッティング(アジア学院 卒業生アウトリーチ・コーディネーター)
写真・スティーブン・カッティング、リチャード・トゥムウェシゲ (2023年度 卒業生)
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【「食べものからの平和」卒業生の食卓から ① — 序章】

【「食べものからの平和」卒業生の食卓から ② 】

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【「食べものからの平和」卒業生の食卓から ④ 】

【「食べものからの平和」卒業生の食卓から 番外編 】

【「食べものからの平和」卒業生の食卓から ⑤ 】

男子寮・ゲストハウス

学生とボランティアは男女別の寮で暮らしています。共用の談話室やキッチン、シャワー、洗濯機があります。Wi-Fiは使用できません。

鶏舎

平飼いの鶏小屋と育雛舎があります。400羽以上の鶏を飼育し、年間80,000個以上の卵と約1トンの鶏肉を生産しています。

豚舎

学生は様々な養豚技術を実践的に学びます。発酵床タイプとコンクリート床タイプがあり、糞尿はバイオガスや肥料に利用されています。

山羊舎

山羊のミルク(年間200リットル以上)や肉は食用に、糞尿は肥料に利用しています。山羊は日中は放牧場でのびのびと過ごします。

森林

キャンパス周辺の森林では薪や木炭用に間伐を行い、農業に使う落葉等の有機資材を集めます。

2.5ヘクタールの農地で約100種類の野菜・作物を農薬や化学肥料を使わずに栽培しています。コミュニティが共に学びつつ自給自足の生活を続けるため、皆で畑を管理しています。

水田

キャンパス内外の水田で米の栽培を行っています。アイガモを使った除草や施肥など、有機稲作法の向上のためにさまざまな手法を研究しています。

ワークショップ

修繕やリサイクルのための施設で、機械、溶接、木工関係の道具、材料が置いてあります。

ミキシングルーム(飼料配合舎)

手作業や機械を用いて家畜用の飼料を作っています。品質と持続可能性を高めるために日々奮闘しています。

管理棟

管理棟1階には受付と事務室、2階に職員室、校長室があり、隣接してファームショップ(農業研修棟)があります。

ARIショップ

アジア学院の農産物や加工食品、書籍、卒業生の国の民芸品等を販売しています。

ファームショップ(農業研修棟)

学院の農作業の中心であり、教室や農具・農業資材置き場を備えています。作物の乾燥保管も行います。

オイコスチャペル

100年前の農家の古民家を改装した礼拝堂です。毎日の朝の集会はここで行われます。その他黙想や対話、ゴスペルクワイヤの練習等に使われ、コミュニティに開かれた空間です。オイコスとはギリシア語で「ホーム」を意味します。

マナハウス(食品加工棟)

クッキーやジャムなどの加工食品の調理と保存を行う施設です。一階は鶏の食肉処理施設になっています。

養魚池

食用および農用に魚を飼育しています。

クリスマス・ウィンターキャンペーン 2025
Christmas and Winter Donation Campaign