
山々に刻まれた足跡
インド – スーレンダー・シン 1989年 アジア学院卒業生 / 1996年 研究科生 もしあなたがインド北部のウッタラーカンド州へ行き、彼の元を訪ねることがあれば、きっとトレッキングに誘われることだろう。誘いに乗れば、雪に覆われたヒマラヤ山脈の絶景を眺めながら、山歩き以上の体験ができることは間違いない。それは彼の人生をめぐり、農村におけるリーダーシップの教訓を学ぶ旅でもある。 アジア学院でシンさんと呼ばれていた彼は、42年間にわたり、この険しい山道に足跡を残してきた。彼はすべての村と家族について熟知している。ある家に着くと、彼は住人の名を呼び、声をかける。住人はお茶を淹れて彼を歓迎し、彼はバッグからバナナやビスケットを取り出して、分け合いながら長いこと話をしするのだ。 彼は、「(自身が現代表を務めるマスーリ村開発委員会で)村に水道管を建設している間、この家で寝泊まりしていたんだ」とか、「24年前に(同団体が)山の子どもたちのために建設した学校を、この家の子どもたちも卒業したんだ」などと話してくれるかもしれない。女性たちの自助グループや、彼女たちが有機農業の訓練を受け、今では農産物を売って生計を立てていることについても、きっと話してくれるだろう。トレッキングを終える頃には、きっとあなたも、この山で彼が触れなかった魂は存在しないと感じるはずだ。 スーレンダーは自分のことを「根っからの地元っ子(very local boy)」と呼ぶ。「私は山の村で生まれたんだ。」共に歩いていると、彼は我々の道と交差する細い道を指差しては、それらがどこへ通じているのか、その先に誰が住んでいるのか、そして人々を助けるために自分が何をしたのかを話してくれた。彼の言葉を噛みしめているうちに、私は高見先生がアジア学院を創設した時に成し遂げたかったことが分かってきたような気がした。高見先生は、「彼らを助けよう」とか問題を解決してやろうという考えで、世界の貧しい地域へ行ったわけではない。全くその逆だ。そうした場所へ赴いた時、先生はそこに才能と献身、そして希望に満ち溢れた素晴らしい人々がいることを発見したのだ。先生はこの人々を「農村指導者たち(Rural Leaders)」と呼んだ。私の想像の中では、先生はこう言っている。「この人たちは私よりもずっとより良く、人々のために尽くすことができる。ならば、私はこの人たちのために何ができるだろうか。」―そうしてアジア学院を始めたのだ。 もちろん、当時の高見先生の真意は量りかねるが、スーレンダーのような卒業生に一人一人会い、彼らの物語を聞くたびに、私はアジア学院のエッセンス、高見先生の夢の神髄に触れているような気がする。この感覚を表現するのは難しいが、これだけは言える。我々がアジア学院で行っていること―それは、確実に実を結んでいる。 山々に刻まれた足跡 スティーブン・カッティング 著アジア学院 卒業生アウトリーチ課


