このブログ(とブロガー)について
語り継がれるべき物語
私の名はスティーブン・カッティング。このブログのブロガーである。だが、自分を「ブロガー」と呼ぶのは、どうにも妙な気分だ。ブログなど書いたことがない。この未知の世界に足を踏み入れるのは、まるで自分に似合うかどうかもわからない新しいスタイルの服を試着室で着て、「これが私? 本当にこれを着こなせるのか?」と鏡を覗き込んでいるような、気後れする作業だ。
それでも、あえてコンフォートゾーンを抜け出し、挑戦するのには理由がある。単純に、「これらの物語は語り継がれる必要がある」からだ。卒業生アウトリーチという仕事をしていると、世界中にいる何百人もの卒業生と直接関わる機会がある。卒業生一人ひとりの人生には、異なる物語がある。収穫の合間に「飢餓の期間」が訪れるような、貧困に苦しむコミュニティに暮らす者。ある日突然、故郷が戦場に変わってしまった者。土地や文化的遺産、あるいはその両方を失う危機に直面している者。その苦難は際限がないが、同胞のために状況を改善しようとする卒業生たちの決意もまた、際限がない。彼女ら / 彼らは日々、人々と肩を並べて働き、苦しみも喜びも分かち合っている。我々はこれを「草の根に仕える」と形容し、彼女ら / 彼らを「農村指導者(Rural Leaders)」と呼ぶ。
私は、アジア学院での役職のおかげで、こうしたリーダーたちの人生を間近に見る貴重な機会が与えられている。私は卒業生たちの家を訪ね、ラム肉のシチューやピーナッツソースを添えたウガリを囲んで何時間も語り合う。彼女ら / 彼らは誇らしげに農場を見せ、家畜を紹介し、アジア学院での研修をいかに活用しているかを説明してくれる。卒業生たちのコミュニティに同行すれば、彼女ら / 彼らは言葉だけでなく、私一人では決して気づけない文化的な機微や感情までも通訳してくれる。自分たちのすべてを私に知ってほしいと願っているからだ。
こうした経験を通じて、私は学んで、学んで、学び続けている。私の世界観は絶えず打ち砕かれ、そのたびに、以前の私には想像もできなかったほど複雑で美しいものへと置き換えられていく。それは心地よい混乱であり、刺激だ。そこから何百もの物語が生まれる。卒業生から託されたこれらの物語は、かけがえのない贈り物だ。だが、それは私一人のためのものではない。次の誰かへと受け継がれるべきものであり、その責務が私に巡ってきたのだ。だからこそ、私はこのブログを使い、書くことの第一原則、「読み手を退屈させるな!」を胸に、物語を伝えていくつもりだ。
ブログの4つのカテゴリーについて
トラベルログ
卒業生たちが暮らすコミュニティを共に訪ねる旅へ。彼女ら / 彼らが何をしているかだけでなく、いかに生きているかを知るための旅だ。 これを「文脈(context)」と呼んでもいい。真の理解には、文脈が不可欠だ。だからこそ、私はすべてを語る。食べ物、天気、道路状況、また食べ物、バスの後部座席で出会った見知らぬ男、ふと頭をよぎった些細なこと……すべてだ。さまざまな具材を放り込んだ野菜スープのように、国ごとに、卒業生を訪ねるごとに、独自の風味が混ざり合って生まれる。味わってみて、もし気に入ったなら読み進めてほしい。もし合わなければ、別のスープを試してみてほしい。
11秒ノート
短い言葉の方が、より多くを語れることもある。
卒業生の横顔
一つひとつの物語を通して、卒業生たちの人生を分かち合う。
リフレクション
アジア学院という場所は、生命、人間性、そして我々が築きたい世界について、常に新しい視点を与え続けてくれる。
求めずして、求める
正直に言おう。このブログを始める理由の一つは、アジア学院のための資金集めを助けることにある。わかっている、わかっているとも。「また金の話か」と思われるだろう。実のところ、寄付をお願いするのは、聞く側と同じくらい、頼む側の私にとっても気まずいものであり、できればやりたくないことなのだ。
そこで私は、先日フィリピンの卒業生のミミ(2017年卒)から学んだやり方に従うことにした。アジア学院を卒業した後、彼女は山奥の村に戻り、先住民族の子どもたちのための学校を開く決意をした。最初はヤギ3頭、鶏3羽、生徒3人、そして資金はゼロだった。叔母はミミの決断を深く案じ、腹を立て、「村で飢え死にするだけだ。苦しくなっても、私に金を無心しに来るんじゃないよ。」と突き放した。
それから7年が経ち、状況は見事に好転している。生徒は15人に増え、ヤギは35頭、鶏は数え切れないほどになった。道のりは困難の連続だったが、叔母の言葉があったからこそ、ミミは決して誰からもお金を求めないと心に決めていた。あらゆる苦難を、自らの信仰と神への深い信頼によって乗り越えようとしたのだ。それと同時に、彼女は寄付を「受け取る」ことにもした。
「なんだって!?」と、呆気にとられるかもしれない。ミミは自分からお金を求めることは決してないが、差し出されたときは受け取るようにしている。果たして、人々は実際に手を差し伸べている。なぜなら、ミミと彼女の学校は、心から人を動かす力を持っているからだ。彼女のビジョン、懸命な働き、粘り強さ、そして何よりコミュニティへの愛に人々は胸を打たれている。彼女の成功を願うからこそ、人々はさまざまな形で助けを申し出るのだ。家の修理を買って出る者もいれば、ガチョウを贈る者、そして現金を寄付する者もいる。
だから、ミミと同じように、私もアジア学院のためにお金を求めることはしない。しかし、もしあなたが、ここに綴られるエピソードや、卒業生たちの情熱、そしてこの意義深く効果的なプログラムを毎年提供し続けるアジア学院とスタッフの献身に心を動かされたなら。そして、草の根のリーダーを育成し、同胞の生活をより良くするという我々の使命を信じてくれるなら。もし、これらがあなたの心に届き、金銭的な形でアジア学院を支援したいと思ってくださるなら……我々は、それを拒むことはしない。
率直に言って、この学校を支えているのはこうした寄付だ。そして私は心の底から信じている。
アジア学院は、この世界に存在し続けなければならない場所である、と

