2025年 2月12日 水曜日
ロイとワジードとの旅路
インド標準時の午前9時、ロイ・デイビッドと信頼するドライバーのワジードが迎えに来た。隣接するカルナータカ州にあるロイの自宅に向かうためだ。ロイとその妻のシャミは共にアジア学院の卒業生だ。二人は1981年、非営利団体「CORD(クールグ農村開発組織)」を設立し、根深く構造化された社会的不正義に果敢に立ち向かっている。彼らのウェブサイトは実に見事だ。毎度ウェブサイトを紹介するのは手抜きに見えるかもしれないが、すでに美しく書かれている内容をわざわざここに書く必要はないだろう。魅力的な写真や動画が付いている場合はなおさらのことだ!興味のある方はぜひサイトを見てほしい。(https://cordngo.org/)それよりも、ロイやシャミと共に過ごした個人的な体験、特に今回の訪問の中心である彼らの「アディヴァシ」との活動について記したいと思う。
これまでも森の住人、あるいは先住民と呼ばれる人々について多くのことを書いてきたが、最大の感動はまだこの先にあった。彼らが住む森の住まいでアディヴァシのリーダーたちと会うことだ。ロイ・デイビッドは、生涯をかけてアディヴァシの権利のために闘ってきた。「闘う」という言葉を軽々しく使っているわけではない。彼の活動の多くは土地権利の獲得であり、それは過酷な闘いの末に勝ち取られるものだ。激しい衝突も珍しくなく、暴力の矛先が誰に向かうかは明白だ。制服を着た側ではない。
曲がりくねった道を進む車内にはワジードのプレイリストの、おそらく別の時代のものと思われる、独特のうねりを持つインドのヒット曲が流れ、雰囲気を盛り上げていた。父親世代が好む音楽は、文化を問わずよく似ている。スマがこの「森」について語っていた意味が、すぐに理解できた。我々は長々と広がるチークの植林地を通り抜け、続いてユーカリ、アカシアの林を進んだ。それらが途切れた場所に、時折自生のジャングルが顔を出す。当面の目的地はナガルホーレ国立公園だ。
クールグとコダグ
長距離ドライブに付きもののとりとめない会話の中で、「クールグ」という名前が話題に上った。彼らの団体「CORD」の「C」は、カルナータカ州のクールグ県を指すが、現在はクールグではなくコダグと呼ばれている。クールグは英国統治時代の名称だ。インドで頻繁に行われる名称変更の慣例に従い、人々は両方の名前を交互に使う。そのため、クールグがコダグに変わっても、CORDがKORDに名称を変更することはなかった。
さらに興味深いことに、「クールグ」県の気候はワヤナード県に似ており、コーヒー栽培が盛んだ。「コダグ」県ではホワイトウォーター・ラフティングが人気の娯楽だという。少し挑戦してみたい気もしたが、時間がない。朝食時、我々はこの地方で好まれる料理の一つ、揚げバナナを出す店に立ち寄った。これならいくらでも食べられる。
獄中仲間
その日の午後に出会ったアディバシのリーダーの一人が、J・K・ティマだ。ロイ・デイビッドは、彼を誇らしげに「獄中仲間」だと紹介した。アディバシが住む森に政府の役人が立ち入るのを阻止しようとした抗議活動の際、二人は即座に逮捕された。それに対し、二人はハンガーストライキを開始した。このコンビがあまりに厄介だったため、当局は「頼むから出て行ってくれ」と懇願した。つまり、彼らは刑務所を追い出されたのだ。これはかなりの快挙である。
ティマは土地に関して政府を相手に訴訟を起こしており、その中には自身の家に関するケースも含まれている。彼は法的に自分の土地となった場所に家を建てたが、インド政府の森林局はそれを「不法占拠」だと言い張った。彼は裁判に訴え、勝利を収めた。
一歩前進…
現在、アディヴァシはインド憲法で保証された一定の土地権利を有している。2006年、全国から膨大な数のアディヴァシがデリーに集結し、デモを行った。抗議のきっかけは、政府による100万人のアディヴァシ強制立ち退き計画だったが、それは長年の不当な扱いに対する怒りの頂点でもあり、権利のために立ち上がろうとする組織的な動きの結実でもあった。ロイ・デイビッドとカルナータカ州のアディヴァシの一団は、首都でのロングマーチに参加し、「森林権利法」が可決されるまでハンガーストライキを続けた。驚くべきことに、それは功を奏した。同年12月、議会はアディヴァシに一定の保護と自治権を与える森林権利法を可決したのだ。
…そして一歩後退
では、問題は解決したのか。もちろん、そうではない。法律を作るのと、それを実際に機能させるのは別問題だ。2006年の森林権利法は、ロイ・デイビッドやアディヴァシのリーダーたちが心血を注いで勝ち取った画期的な成果だったが、人々の闘いは今も続いている。
ティマが土地を持ち、そこに家を建てることができたという事実は重要な意味を持つ。政府はアディヴァシを森から追い出す代わりに、一部の者に土地と家を提供し始めている。カルナータカ州では、電気、水、道路の整備が義務付けられている。しかし、なぜティマは家を守るために裁判までしなければならなかったのか。そして、なぜ前進したと思った矢先に、文字通り足元(土地)をすくわれるような事態が起こるのか。
森からの呼びかけ
集会は国立公園のすぐ外、木漏れ日が差し込む壮大な樹木の下で開かれた。高い枝の間を涼やかな風が吹き抜け、木々が優雅に揺れている。地面には大きなビニールシートが敷かれ、特別ゲストであるロイ・デイビッドと我々には椅子が用意された。
到着した当初はティマと数人しかいなかったが、やがて森の向こうから名前を呼ぶ声が聞こえ始めた。ティマの父についても話しておこう。彼はシャーマンであり、それが彼と森、そして人々との深い結びつきを説明している。何㎞もの道のりを歩いてきた男女が、次々と木々の間から姿を現した。アディヴァシは内気で、部外者の前では緊張しがちだが、ロイ・デイビッドとの親密な関係は、彼らの交わす挨拶から明らかだった。ロイ・デイビッドは、時折、こんな風に私に人々を紹介した。「こちらはパンチャヤット(村議会)の議長であるソマヤ。こちらはウドゥヤとラマ・クリシュナ。黄色いシャツを着たマニは、ゾウが出没する地域に住んでいるため、木の上に家を建てた。彼は森林権利委員会のメンバーだ。そしてここにいる女性はシャンティ。勇敢な闘士だ。」
「ハディ」の証言
この村の名前はナナチ・ガッデ・ハディといい、ロイ・デイビッドがアディヴァシの支援活動を始めて2年後の1986年から関わっている。「ハディ」とは村を意味し、この村は2006年の森林権利法に基づき、個人とコミュニティの両方の土地権利を獲得した。個人の権利では1家族あたり最大4ヘクタールの耕作が認められ、コミュニティの権利では面積制限なく、先祖代々の方法で森の資源を利用できる。しかし、こうした保証があっても、人々は平穏に暮らすことができないでいる。
集会は、ロイ・デイビッドが彼ら独自の言語で語りかけることから始められた。「サーバント・リーダー」といった、私が聞き取れたわずかな言葉から、ロイ・デイビッドがアジア学院について話しているのがわかった。やがて彼は私の方を向き、次は私の番だと促した。そこで私は、お決まりの質問から始めることにした。
今日は、アディヴァシの声を直接聞くことができる稀な機会である。たとえ話が断片的で、あちこちに飛んだとしても、私は余計な解説を加えずに、聞いたままを記したいと思う。この入り混じった声の合唱から、どのような物語が浮かび上がってくるのか見ていくことにしよう。
美しさと悲しみ
私のお決まりの質問は、「皆さんのコミュニティの美しさは何ですか?」という問いだ。何人かが即座に答えた。
「我々には自分たちの土地、水、森、そして衣服がある。水は清らかで、空気は澄んでいる。我々の寺院は木々の下にあり、そこは聖なる場所だ。土地、水、森の女神がここに住み、先祖の霊もすべてこの森にいる。」
「環境保護主義者は我々が森を破壊していると言うが、周りを見てほしい。森は生き生きと茂っている。我々は1000年以上も森で暮らしてきた。森林局の人間が来るが、彼らは何も知らない。我々が案内して教えなければならないほどだ。我々は必要な分だけを森から受け取るのであって、金儲けのために売り払うことはしない。森を破壊しているのは我々ではなく、森林局や富裕層の人間だ。」
覚えておいてほしいのは、これらがロイの通訳を介した、生の言葉であるということだ。アディヴァシには特定の寺院という形はない。神を箱の中に閉じ込めるようなことはせず、自然全体と先祖を崇拝している。
「我々のあるがままの生き方が妨げられている。自分たちで食料を育てられず、政府の配給に頼らざるを得ない。我々が家を追われても補償はないが、非部族民であれば補償される。」
ある男性はこう説明した。「我々の村は補償もなく立ち退かされた。3,418家族が補償と個人土地権利を得るべきだとし、高等裁判所に提訴している。2月21日には調査チームが来る予定であり、しかるべき措置がなされることへの微かな希望を抱いている。」
トラとゾウ
「最近、野生動物に襲われる人々がいるが、我々が襲われることはない。我々は彼らと共に生きている。アディヴァシは100m先にゾウがいればすぐに分かる。ゾウは根を掘り起こして食べる時、すべてを食べ尽くさず、一部を残していく。我々はそれを分けてもらう。今はトラの保護が進められているが、個体数調査の際にトラは傷つけられる。麻酔銃を使い、ラジオカラー(追跡用首輪)を装着されると、トラは15日間狩りができなくなる。森林局は我々の知識を活用しようとはしない。」
「森林局は我々を責めるが、我々は動物とのトラブルを起こさない。トラが獲物を仕留めても、すべてを食べるわけではないので、我々はその残りをいただく。WWF(世界自然保護基金)やNTCA(国立トラ保全権限局)は保護を謳いながら、研究のために17頭ものトラを殺した。これが保護と言えるのか。ゾウを制御するために鉄道のレールでフェンスを作っているが、ゾウはそれで怪我をし、死んでしまう。さらに、森はプランテーションへと変えられた。ラウンドアップ(除草剤)が撒かれ、木の下には草も生えない。これは重大な火災のリスクを生む。ゾウが食べる植物も藁も、もうそこにはないのだ。」
「勇敢な闘士」のシャンティが付け加えた。 「私たちはつねに健康で、病気になどならなかった。今は病気にかかるようになり、政府は彼らの病院へ行けと言う。病気でなくても、政府はやってきて注射(新型コロナワクチンを指す)を打とうとする。」
根とハチミツ
私は彼らの苦しみと訴えを静かに聞いた。質問したいことはあったが、今は耳を傾ける時だった。そして、こう尋ねた。「次の世代に何を伝えたいですか?」
「野生の根を掘る時、我々は一部を残して芽が出るようにする。薬草も同じだ。我々は常に明日のことを考えている。しかし『彼ら』は大きな工場を建て、すべてを奪い去る。未来への希望は、かつてのような暮らしに戻ること、そして子どもたちの教育のあり方を取り戻すことだ。」
ここで、彼らは森の宝物である根とハチミツを持ってきてくれた。分かち合うのがアディヴァシの流儀であり、人々は貴重なものを惜しみなく我々に与えてくれた。根は森で掘ったもので、ハチミツは高い木々から採集されたものだ。これまで味わった中で最も甘く、根との相性も抜群だった。彼らが毎日これを食べて健康を保っている理由がよく分かった。この地域のアディヴァシはハチミツ採集の名手として知られ、目がくらむような高さまで登って蜜を集める。後に、彼らの「ハチミツの木」が切り倒されているという話を聞き、胸が痛んだ。かつての暮らしに戻ることは、果たして可能なのだろうか。我々は無知と強欲ゆえに、失われつつある先住民族の知恵の価値にさえ気づいていない。
明日
最後の質問として、「5年後に再訪したら、どんな光景を目にすることができるでしょうか。」と尋ねた。
「土地の権利を得た者たちは、有機農業をしているだろう。我々は化学肥料を使ったことがない。未来のためにも有機農業を続ける。また、先祖の歩みについて学び、共有しなければならない。助け合い、思いやるという伝統的な価値観を復活させたい。子どもたちを教育する必要がある。」
「かつては根を使った独自の酒を造っていたが、今は違法とされ、政府に没収される。代わりにインド製や外国製の酒が持ち込まれ、人々は酔っ払い、健康を害している。」
「今後5年間で、我々の価値観を守り抜く次世代のリーダーを育てたい。そして、有機農業によって持続可能な暮らしを送りたい。」
「5年後には、森を壊すことなく、稲、野菜、ヤギ、ウシ、ニワトリを育てる光景を見せたい。外部から物を買うことなく、自分たちの土地から生きていきたい。」
ある歌
ここで、彼らから私に質問があった。「日本にも部族はいるのか?」
日本は単一民族に近い国家だが、確かに部族(先住民族)は存在する。私は北海道や本州北部のアイヌ民族について話した。彼らは追い出されたのではなく、同化によって姿を消しつつある。アイヌ語を話せる者はほとんど残っていない。これに対し、彼らはこう答えた。「我々の言葉を失えば、民族としてのアイデンティティを失うことになる。すでにその変化が始まっている。」
その時、タカかトビが上空を横切り、全員が空を見上げた。彼らはそれが何の鳥で、なぜそこにいるのかを正確に理解していた。それが集会の終わりの合図であるかのように、一人の男性が立ち上がって歌い始めた。それは哀切に満ちた歌で、皆が微笑むことなく手拍子を合わせ、その瞳は私には見ることのできない、どこか遠くを見つめていた。きっと、彼らの喪失と悲哀を歌った歌なのだろう。
食べものを分かち合う
その後、ロイ・デイビッドに案内されて木立の空き地へ行くと、焚き火の上でこれまで見たこともないような大きな鍋でお米が炊かれていた。男性がたっぷりのお米を盛り、新鮮な野菜と辛いチャツネを添えて、集会の参加者だけでなく周囲にいるすべての人に振る舞った。残った食べ物はイヌたちに与えられたが、イヌたちは辛い部分を巧みに避けて食べていた。語らう人々もいたが、歌の余韻は風の中に残り続けていた。食事が終わると、人々は静かに森の道や小道へと消えていった。我々も移動手段のない数人を車に乗せ、その場を後にした。