
ウッタラーカンド 21日目
2025年 2月25日 火曜日
マイトリ・ファーム
今朝の朝食はサンドイッチで、涼しい庭で皆といただいた。昨晩泊まっていた大学生も加わったが、彼はすぐに授業へと出かけていった。片道10kmほどの道のりを自転車で通っているそうだ。彼はとても静かな青年で、全然話す機会がなかったが、知り合う価値のありそうな人に見えた。
ハリシュは、自分の「マイトリ・ファーム」とそこで育てている植物を案内したくてたまらない様子だった。コテージも周囲の庭も、すべて彼自身のデザインだ。アボカドは順調に育っており、販売できるほど収穫できている。しかし、カルダモンはあまり芳しくない。芽は出るが実がならないのだ。おそらく、ここでは寒すぎるのだろう。それでも彼はめげない。その芽を緑茶にブレンドしてみたところ、これが「飛ぶように売れている」のだ!果樹園には、グアバ、グレープフルーツ、レモン、アーモンドなどが植えられている。また、この地域では珍しいパッションフルーツの栽培にも挑戦しており、それが実に見事に育っているため、近所の人たちも真似して育て始めたという。

ある木を指さして、彼は日本の人気アニメを引き合いに「トトロみたいだろう。」と言った。雨水は集められ、15,000L貯蔵できる地下のタンクに蓄えられている。雨が降ればすぐに満杯になるため、彼はこのアイデアを広めるよう、パンチャヤットのリーダーたちに働きかけている。「身体に起きていることは、環境に起きていることと同じなんだ。」と彼は説明した。「私たちの身体が病んでいるなら、それは環境が病んでいるからであり、その逆もまた然り。このマイトリ・ファームは、健やかな生命と環境がどのようなものであるかを示す、一つのモデルなんだ。」
出発前、ハリシュは庭で採れた貴重な品々をテーブルに並べてくれた。挽きたてのターメリック、ゴマ、あの有名な特製緑茶、そして香りの良い摘みたてのカモミール。私へのプレゼントだけでなく、アジア学院の人々へも持っていくようにと託された。もちろん、しっかりとお届けした。

人々と共に
旅の最後を飾るのは、ビジャイ・クマール博士との面会だった。彼はJICAプロジェクトにおけるハリーシュの上司であり、長年の仕事仲間でもある。私たちは昨日会った協同組合のことや、女性たちの権利や能力がいかに高められているかを語り合った。この会話の中で最も心に残ったのは、ハリシュが語った言葉だ。彼と同じ分野で働く人々は、ハリシュが地域コミュニティの人々ととても親密になることに驚くのだという。アジア学院の視点から言えば、その「親密さ」こそが必要不可欠なものだ。我々はこう言う。「人々の元へ行き、共に暮らし、時間を共にし、共に食べ、深く耳を傾けなさい。」と。しかし、一般的なアプローチは、相手と距離を保ち、「自分の世界」と「相手の世界」を切り離すことなのだろう。そのことに驚きはないし、あるいはそれなりの利点もあるのかもしれない。ただ、私には、相手の「思い」を知らずして、どうして本当にその人を助けることができるのか、想像がつかない。ハリシュもきっと同感だろう。
正当な価格
クミンと玉ネギの素晴らしいサラダ、そしてチキンティッカ・ラップを堪能した後、ハリシュが空港行きのuberを呼んでくれた。数分でやってきたが、ハリシュはその運転手を帰してしまった。提示された料金が、アプリに表示されている額より高かったからだ。ハリシュはそうした不誠実さを許さない。彼は別の車を呼び、数分後に二台目が現れた。
この二人目の運転手が最高だった。ジグザグと車を操り、絶え間なくクラクションを鳴らしながら、あっという間に空港へ届けてくれた。私がどれほど「空港への遅刻」に神経質か、読者の皆さんはご存知だろう。途中、救急車(サイレンは鳴らしていなかった)さえ追い越した。その救急車の後ろには「ついてくるな。」と書かれていた(もちろん、ついてはいかなかったが)。到着すると、彼はあらかじめ合意していた通りの料金を求めてきた。私が少し多めに渡すと、彼の顔に笑みがこぼれた。さらにもう少し足すと、その笑みは満面の幸福を湛えたものへと変わった。皆さんの気持ちはわかるが、騙されずに済むというのは、実に気持ちが良いものだ。
ベンガルールへの帰路は完璧にスムーズだった。つまり、語るべき面白いネタは何一つなかったということだ。以前も泊まったアボラ・ツリー・ホテルにチェックインし、私の一日は終わった。



